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トランス・リニア・バイアスによるパワーアンプ


目次 この方式はプッシュプル回路の出力素子の電流の積が一定となるようにバイアス電圧を制御します。そのため温度補償不要、熱暴走しない、カットオフしない という特長があります。

ラジオ技術2006年11月号のアイドリング電流を負帰還制御してエミッタ抵抗レス化 するアンプに使われているバイアス電圧生成回路がトランスリニア回路です。
またエミッタ抵抗のないコンプリメンタリプッシュプル回路はカットオフしないからスイッチングひずみを発生しないという理論もセンセーショナルです。

私も以前にエミッタ抵抗レスアンプを試みました。その際にアイドリング電流を安定化した方法は、出力段トランジスタのプラス側Iとマイナス側のコレクタ電流を加算 することで、出力電流成分を除去してアイドリング電流を検出しました。この方法はトランジスタの非直線性のために、A級動作であっても出力が増すと検出値が増加してアイドリング電流が減少
する という不完全なものでした。

 


トランスリニアって?

トランスリニア回路については、トランジスタ技術2004年10月号241〜245ページが参考になります。
トランスリニア回路とはバイポーラトランジスタの指数特性を利用した回路です。
トランスリニアとは transconductance linear with current の意、ギルバートセルで有名なバリー・ギルバート氏 の発明です。
トランスリニア原理によると、下図のようにVbeの和が等しい回路のIcの積は等しい。この原理から乗算、除算、諸々の回路に応用されてます。

( 図1 )

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トランスリニアバイアスによるパワーアンプ回路の一例

( 図2 )

カレントミラーもトランスリニア回路の一種ですが、バイアス電圧の決定に必要な出力トランジスタのコレクタ電流の積を算出するトランスリニア回路はQ9,Q10,Q11,Q12の部分です。
Q21(Q22)とQ15(Q16)のカレントミラー回路で出力段トランジスタQ19(Q20)のコレクタ電流に比例した電流をQ11(Q12)に与えます。
すると、トランスリニア原理によってQ11とQ12のコレクタ電流の積 とQ9とQ10のコレクタ電流の積が等しい関係にありますから、Q9とQ10のコレクタ電流が同値であるため、Q9(Q10)のコレクタ電流は、Q11とQ12のコレクタ電流の積を開平(ルート)した値となります。
Q9(Q10)のコレクタ電流とQ13(Q14)のコレクタ電流が一致するように、Q17(Q18)→Q19(Q20)→Q21(Q22)→Q15(Q16)→Q11(Q12)→Q9(Q10)のNFBループで制御 されます。
Q19(Q20)のアイドリング電流は、Q13(Q14)のコレクタ電流とQ21(Q22),Q15(Q16)のカレントミラー回路の電流比によって決まります。

( 写真1 )

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トランスリニアバイアス回路のシミュレーション

1 出力トランジスタにエミッタ抵抗

下図のシミュレーション回路の上側は出力トランジスタのエミッタ抵抗なし、下側には1Ωのエミッタ抵抗を入れてあります。
XX1〜XX4は電流制御電流源という理想的なカレントミラー回路でして、その係数を0.01に設定してあるので、出力トランジスタの電流が1Aなら、トランスリニアバイアス回路には10mAが与えられます。
トランスリニアバイアス回路のIrefを2mAとしたので、ベース電流による誤差を無視しすれば出力トランジスタのアイドリング電流は2mA/0.01=0.2Aです。
電源電圧を正負20Vとし、入力信号電圧のV1を-20Vから+20VまでDCスイープした結果を右に示します。

( 図3 )
( 図4 )

出力トランジスタの伝達特性が指数特性であるために、出力電流が変化しても出力段のバイアス電圧Vb1に大きな変化はありません。
一方、出力トランジスタにエミッタ抵抗を入れた側のバイアス電圧Vb2は大きく変化します。これはエミッタ抵抗によって出力段のgmが低下したから当然なことですけど。
しかし出力トランジスタのコレクタ電流は、エミッタ抵抗の存在に関係なく同じカーブを描いてカットオフしません。
以上のことから、トランスリニア回路の作用によって、出力トランジスタのコレクタ電流の積が一定となるように、バイアス電圧が制御されていることが判ります。
このことから多分、出力にどんな素子を用いても同様な結果になるだろうことが予想できます。

2 トランスリニア回路にエミッタ抵抗

下図のようにトランスリニア回路のトランジスタにエミッタ抵抗を入れると、結果は右の如し。

( 図5 )
( 図6 )

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SITへの応用

出力素子にSITを使う場合の回路を考えてみました。
右の波形は入力V4が20Vp-p 1kHz正弦波時、5Ω負荷抵抗における出力電圧VoとSITのドレイン電流Id1,Id2とバイアス電圧Vb。

( 図7 )
( 図8 )

金田式完全対称風回路への応用

出力トランジスタのコレクタ電流をカレントミラーで検出してQ10,Q11で乗算しQ1,Q2開平してI2の5mAと一致するように、初段差動回路のエミッタ側定電流回路を制御します。
右の波形は入力V1が1Vp-p 1kHzの正弦波の時、8Ω負荷抵抗における出力電流と出力トランジスタの電流。

( 図9 )
( 図10 )

このやり方でCSPP回路や、真空管アンプのような普通のプッシュプル回路にも使えそうです。

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BTL回路への応用

理論的には出力抵抗ゼロ、歪ゼロの回路.。

( 図11 )

この接続は左右のバイアス回路に左右のコレクタ電流をクロスして制御電流として与えているが、左(右)のバイアス回路は左側(右側)のアイドリング電流しか制御できないため、アイドリング電流が左右でアンバランスとなり失敗です。
と思ったのは勘違いかも。

下図のIc1とIc2を乗算する部分で、Q1のベース電流Ib1がIc2に加算されてQ2に与えられるため、その分だけIc3は増加します。そのこと自体は上図の点対称なBTL回路では打ち消されて出力には影響しないのですが、、、。

( 図12 )

このバイアス回路のループで制御されているのがIc2で、Ic1が制御されていない方だとして、Ic1>Ic2の場合に、Ic2を適正に制御しようとしてもQ2にはIc1/hfeのIb1が入ってきて、Ic3Ic4=Ic1(Ic2+Ic1/hfe)となります。Ic2に比べてIc1/hfeが無視できるくらいに小さければ問題ないですが、そうでないとIc2が不当に少なく制御され、かつIc1とIc2の積を一定に制御するため、対するIc2が増大して、BTL出力のコレクタ電流が左右に偏りを発生するのだ、ということに気付きました。

下図は偏りが発生した駄目な例

( 図13 )

失敗の原因を踏まえて、正しく接続するなら、下図のように一応ちゃんと動作します。

( 図14 )

電流検出のカレントミラーはVceを一定にするためにカスコード化しました。それでも電流のアンバランスが微妙にあります。

実験は失敗しました。

(写真2 )


( 図15 )

ブリッジの左右のアイドリング電流がバランスせず、フリップフロップ回路みたいに偏ります。
ブリッジの左右バランスを取る回路を追加しました。

( 図16 )

ブリッジ右側の基準電流を制御して、左右のアイドリング電流がバランスするようにしたわけですが、この回路ではブリッジ右側の基準電流が上下でアンバランスになるため、-OUTの波形が酷くひずみます。

その対策はさておき、出力段の電源側にカレントミラー回路があるため、信号電圧の振幅によってカレントミラー回路の動作に必要な電圧を圧迫すると不安定になるため、信号電圧の振幅を制限しなければならず、出力にならない無駄な電力が消費されて実にもったいないです。

このブリッジ方式は一旦見切りを付けて、いい考えが浮かんだらまた再開します。

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ひずみ率=0, 出力インピーダンス=0 の回路

ラジオ技術2006年12月号 138頁の第2図の方式を具現化する手段として上述のBTL回路への応用を考えましたけど、それが丁度頓挫したところなので別な手段を考えて見ました。

リニアテクノロジーLT1166は出力トランジスタのエミッタ側に抵抗を入れて差動アンプで電流検出を行ってます。
このアイデアを頂いて下図の回路を描いてみました。

( 図17 )

U1はQ7のコレクタ電流をI1/100にするので、Q7とカレントミラーのQ6のコレクタ電流もI1/100となります。
U2はQ8のコレクタ電流をI2/100にするので、Q8とカレントミラーのQ5のコレクタ電流もI2/100となります。
Q1〜Q4のトランスリニア回路のQ3にQ5のコレクタ電流が与えられ、Q4にQ6のコレクタ電流が与えられます。
下側も同様に動作すると、Q1コレクタ電流とIrefが一致するようにQ9,Q10のバイアスが制御され√I1・I2=100Irefとなります。

トランスリニアの原理によれば、Q1とQ2のVbeの合計と、Q3とQ4のVbeの合計が等しいので、Vin=Voutとなるというわけです。
しかしこれはトランジスタのペア特性の精度に依存するので、実際にこの原理だけでまともな性能を出すのは難しいのではないかと思われますから、半導体製造メーカは技術力の見せ所ですね。

今日(2006/11/24)上の回路のQ3,Q4の電流をU1,U2でモニタするならQ7,Q8を省けると気付いて回路を描き直しました。

( 図18 )

Q4のエミッタはU2によってVoutと同電位に保たれます。
この回路で電流検出抵抗に発生する電圧の上限は、Q3,Q4のVbeの合計からQ3のコレクタ・エミッタ間飽和電圧を引いた値よりも低くなければなりません。

今日(2006/11/25)また一つ思い付いたので描き直しました。
Q3とQ4の電流は上側と下側で対称に等しいため、そこをクロス接続しました。

( 図19 )
( 図20 )Sim1

かなり洗練したとは思うけれど、でもこれほどに面倒な回路にする価値があるのかを確かめるため、上図のU1,U11系の部分を省いた下図の回路とをシミュレーションで歪率を比較してみました。

( 図21 )
( 図22 )Sim2

正弦波1kHz,20Vp-pを入力して負荷抵抗10Ωの出力電圧をフーリエ解析して標本化した振幅データを下の表に示します。単位のuはμに読み替えてください。

( 表1 )

FREQ (Hz) Sim1 norm_mag Sim2 norm_mag
0.0 0.0 0.0
+1.00k +1.00 +1.00
+2.00k +4.54u +23.54u
+3.00k +19.69u +126.12u
+4.00k +1.62u +1.23u
+5.00k +365.79n +11.27u
+6.00k +134.94n +349.90n
+7.00k +95.74n +1.54u
+8.00k +141.05n +73.65n
+9.00k +133.18n +239.79n

どちらの回路でも一番大きい第3次高調波でSim1の方が1/6くらい、全体的に奇数次の成分が低く改善されて、効果あることを確認できました。

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今日(2006/12/13)思いついた回路

差動入力アンプを使って電源側で電流検出する場合、こんな回路が可能。

( 図23 )

Q3(Q4)の電流はQ15(Q16)の電流に比例している。そのQ3,Q4とベース同士を接続したQ1,Q2の電流はQ3,Q4の電流を乗算開平した値となる。

上の回路のように電流乗算側トランジスタのベースに信号を与える方式を発展させたアイデア。
下の回路のU2に電流の吸い込みもできるOPアンプを使うと、Q3のエミッタ電流はU2に吸収されるため、Q4はQ3側の影響を受けない。

( 図24 )

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トランスリニアバイアス回路を簡単にする

出力トランジスタの電流をカレントミラー回路等の抵抗比で縮小して基準電流のレベルに合わせる部分を省 き、基準電流側トランジスタと出力トランジスタ電流検出ダイオードに適当な電流比の素子を用いることで下図のような簡単な回路にできないかと考えました。

( 図25 )


Q1,D1(Q2,D2)を選別するため、 下図の回路で電流を測定しました。

( 図26 )

手持ちの素子の中から使えそうなペアがすぐに見つかりラッキーでした。
そのため、 それほど多くの組み合わせを試したわけではないですが、最大定格電流の比で見当を付けると割といい線を行くと思います。
D1,D2に低オン抵抗MOS-FETのボディダイオードが使えます。Q1,Q2は汎用の小電流トランジスタに適当なものがあります。
Q1とD1、Q2とD2を熱結合しないと温度変化に差が生じて電流が変動するため、取付穴のあるタイプだと便利です。

ということで、Q1/Q2に2SC3423/2SA1680、D1,D2に2SK3844を用いて下図のアンプを試作しました。
ペア組みを厳密にはしてません(実際に無選別なので偶然ピッタリも有り得なくない)ですが特に問題ないです。

( 図27 )

 

 

周波数特性
 1kHz:0dB
 100kHz:-1.5dB
150kHz:-3dB

( 図28 )歪率特性(負荷:8Ω抵抗)

出力DCオフセット電圧:電源投入直後 15.6mV 30分後 14.5mV
アイドリング電流:電源投入直後 326mA 30分後 296mA

この出力段の回路構成がウイルソン型カレントミラー回路をコンプリメンタリープッシュプル接続したものに見えてきました。
ならばワイドラー型カレントミラー回路でもできそうだと思った時、数年前のMJ無線と実験 のサイドワインダーに、そんな回路でエミッタ抵抗レスパワーアンプの記事があったことを思い出して見たら2001年1月号と2003年7月号に、なんと投稿者がラジオ技術2006年10月号と同じ白倉実氏 だったので驚きました。
既にこの時点でトランスリニアバイアスが出来ていたんじゃないですか、私の迂闊さも然ることながら、他に誰も話題にもしないMJ読者の目はみんな節穴かと情けなくて悲しくなりました。

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トランスリニアバイアス回路をこう解釈する

下図のトランスリニアバイアス回路は二組のコンプリメンタリプッシュプル回路がベース電圧を共通に対向接続したものです。

( 図29 )

右側には出力電流が流れますが、左側は出力電流が無いので常にアイドリング電流のみの状態となっています。
左右の素子が同一特性であれば、左右の回路のアイドリング電流は等しいから、左側の回路の電流を見れば右側の回路のアイドリング電流が読めるというわけです。
このように制御対象(Q3,Q4の部分)の動作の一部を模した回路(Q1,Q2の部分)を巷ではレプリカ回路と呼んでいるようです。
つまり直接に右側回路の電流を見ることなくベース電圧を基に左側回路で類推しているだけなのです。
このため左右の素子の特性と条件(温度とか)が揃っていなければなりません。

この原理はここの図4のバイアス電圧をシミュレーションする方式と同じですが、それより格段にシンプルな回路であることが素晴しいです。

ということはバイアス電圧の制御を、これまでのように出力トランジスタの電流からフィードバックしなくても、出力トランジスタのベース電圧を基にしてフィードフォワードで制御が可能です。
下図はQ16,Q17のアイドリング電流を一定に制御することで、同じバイアス電圧で動作する出力トランジスタのアイドリング電流を安定にする。

( 図30 )レプリカバイアス回路によるパワーアンプのシミュレーション(Q16,Q17が出力段のレプリカ)

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トランスリニアバイアス回路の向こう側

レプリカ回路を実際の部品からモデルのデータに置き換えてメモリに保存して使うようになる。
更には実際の出力素子を自動的にテストしてモデルのデータを収集し、モデル内容を随時更新するシステムへと発展して行くのが展望できる。

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